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生と性はなんでもありよ!の会 プロジェクトQ

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プロジェクトQ

これまで「へなへないと」でやった企画

  • 初 夜 2002/11/16(土) 東京・札幌・テルアビブ(イスラエル)〜セクシュアルマイノリティーのパレード
  • 第二夜 2002/12/7(土) へなへないとでの性的な暴力
  • 第三夜 2003/1/11(土) 当事者って誰のこと?
  • 第四夜 2003/03/15(土) エロの女神は創られる 〜戦後SM雑誌に見る女性モデルの変遷〜(さかいはまな)
  • 第五夜 2003/04/19(土) 女性専用車両って、どう思う?
  • 第六夜 2003/06/21(土)
     テーマ1 あなたもトランスジェンダーになれる--もし望むのなら。性別の自己決定権を確立しよう。
     テーマ2「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律案(仮称)」について
  • 第七夜 2003/07/05(土) 『サバイバー』と名乗った私の経験から考えたこと(屋嘉比優子)
  • 第八夜 2003/08/02(土) ワークショップ 「男女という制度」ってなに?
  • 第九夜 2003/10/11(土) 「写真と性表現」(小林美香)
  • 第十夜 2003/12/06(土) フリーマーケット&焼き肉パーティー
  • 第十一夜 2004/2/21(土) 「アイヌの1人として思うこと」(oripakEsaman)
  • 第十二夜 2004/5/29(土) 私にとって「性的な暴力」と向きあうとはどういうことか
  • 第十三夜 2004/10/02(土) 米国のクイアたち

(敬称略)

●初 夜 2002/11/16(土)
東京・札幌・テルアビブ(イスラエル)
〜セクシュアルマイノリティーのパレード

 東京レズビアン&ゲイ・パレード2002(9月8日・約2700人参加)、第6回レインボーマーチ in 札幌(9月15日・625人参加)、そしてテルアビブ(イスラエル)でのセクシュアルマイノリティーのパレード(6月28日・1万人以上が参加)に参加したひっぴぃ ♪♪が、写真付きで報告します。
 もちろん、単に持ち上げて報告するだけではなく、各パレードの内容も検討し、辛口の報告会にします。お楽しみに。


●第二夜 2002/12/7(土)
へなへないとでの性的な暴力

 1997年10月から1998年4月まで行われていた「へなへないと」は、直接には、開催中に会場で起きた性的な暴力への主催者としての取り組みが十分にできなかったために、中止に至りました。「第二期へなへないと」開催にあたり、以前の「へなへないと」の総括を簡単に行います。またそれと共に、これから「へなへないと」を開催していくにあたり、性的な暴力にどう向き合っていくのかについて、問題提起します。「へなへないと」に限らず、様々な企画などの現場で実は既にずっと起きている(が、隠蔽されてきた)、性的な暴力をどのように問題化していけばいいのかを考える、ポジティブな話し合いの場にしたいと思っています。
プロジェクトPが主催したカフェパーティー「へなへないと」において、1998年に性的な暴力があったことについて(文責:日比野 真)


●第三夜 2003/1/11(土)
当事者って誰のこと?

 プロジェクトPは、その発足当時の正式名称を「レズビアン?ゲイ?バイ?ヘテロ?......?生と性はなんでもありよ!の会 プロジェクトP」といいました。当時は、性指向のこと、同性関係嫌悪のことを中心に扱うグループだったのですが、「同性愛者の団体ではない」ということを積極的に打ち出していました。 マイノリティー運動といえば、被差別 マイノリティーが当事者で、それ以外は当事者ではないかのようなものの見方もまだあります。しかし、扱っている課題は「社会の仕組み」であり「社会の中の権力関係」なのですから、本当は当事者とは、マイノリティーもマジョリティーも、全ての人のはずです。ヘテロの人の正規会員としての参加を積極的に呼びかけていたのは、そういった理由からだと思います。
 今回は、「当事者とは誰か?」「アイデンティティーをどう考えるか」「『所属する』とはどういうことか」などといったことを、皆で一緒に、ゆるゆると考えていきたいと思います。日比野が上に書いたようなプロジェクトPの話を、また山田直子さんからも「当事者って誰のこと?」というテーマについて、思っておられることをお話ししてもらいます。
 ゆっくりとお話ししたあとは、新年会として、鍋をつつきたいと思います(鍋の代金は別 途実費でいただきます)。また、「へなへないと」の今後のことについても、いろいろ考えていきたいと思います。


●第四夜 2003/03/15(土)
エロの女神は創られる
〜戦後SM雑誌に見る女性モデルの変遷〜

 現在、私たちのまわりには様々な性を巡るメディアや言説があります。こうした表現に対して近年フェミニズムや社会学の立場から、ポルノグラフィティーにおいて性的対象である女性たちがどのように描かれ、扱われてきたかについての分析がなされるようになってきました。しかしそうしたメディアに表れた女性たちは一方的に性的イメージを消費されるだけの存在だったのでしょうか?今回は戦後になって初めて登場した、性交を前提としない性表現のメディアであったSM雑誌のモデルたち変化を見ていくことにより、ポルノにおける女性の「性的主体」という問題について考えてみたいと思います。(さかい はまな)


●第五夜 2003/04/19(土)
女性専用車両って、どう思う?

 最近各地で「女性専用車両」が痴漢対策として導入されました。しかし、全車両を「痴漢禁止車両」にするのではなく、部分的に「女性専用車両」をつくることは、問題に対処する面 だけではなく、問題を隠蔽する側面もあるのではないでしょうか。また、「女性専用車両」に乗ることのできる「女性」の条件は、なんでしょうか?
  今回は、「性的な暴力をなくすこと」と「空間を男女別に分けること」との関係を、トイレ問題なども踏まえて、一緒に考えてみましょう。


●第六夜 2003/06/21(土)

 ●テーマ1
あなたもトランスジェンダーになれる--もし望むのなら。
性別の自己決定権を確立しよう。
 「性同一性障害をもつかわいそうな少数派であるトランスジェンダーを尊重しよう」という考え方がいかに傲慢なものであるか、を明らかにします。また、「性別 の自己決定権」というとまるでトランスジェンダーの問題、マイノリティーの問題だという誤解が流布していますが、そうではない「性別 の自己決定権」について、つまり「トランスジェンダーになることを選択する」ということについてもまじめに考えてみたいと思います。 (「ひっぴぃ ♪♪スペシャル in 東京」の簡略版になります)

 ●テーマ2
「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律案(仮称)」について
 今国会で、「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律案(仮称)」が提案・可決・成立する状況になっています。この法律案は

  1. 20歳以上
  2. 現に婚姻をしていない
  3. 現に子がいない
  4. 不可逆的に生殖が不能の状態にある
  5. 外見上他の性別に係る性器に近似するものがある

のすべての条件を満たす「性同一性障害者」に対して、家庭裁判所の審判を通じて戸籍上の性別 記載の変更を認める法律案です。  
 一見するとトランスジェンダーなどの性的少数者の権利を保障する法案のように思えるかもしれません。しかし残念ながら、この法律案は対象を「性同一性障害者」に限定し、あくまで「特例」として性別 変更を認めているにすぎません。また、法律婚をしている人や子供を持つ人を対象から排除し、性再指定手術を必須条件にするなど、現に法的書類上の性別 の変更を求めるさまざまな人たちを分断・ランク分けした上で、ごく一部の人に対してだけ恩恵的に性別 変更を認めるものです。
 法律案全体としては、性別の自己決定権を認めたものではなく、むしろ逆に「男女という制度」や性別 二元論、そして戸籍制度を延命・強化する法律案だとひびのは思います。
 とはいえ、この法律案に対してはいろんな立場の方がおられると思います。皆さんで是非意見交換をしましょう。
●法律案骨子はここ http://tgism.info/modules/newbb/viewtopic.php?forum=2&topic_id=12&post_id=44&viewmode=thread&order=0#44


●第七夜 2003/07/05(土)

『サバイバー』と名乗った私の経験から考えたこと
  屋嘉比 優子(やかび ゆうこ)

 「性暴力」の「サバイバー」はあなたの隣に居ます。あなたの隣で、生きています。時に無視され、殺されながら、あなたがそうであるのと同様に、この世界を日々、生きのびています。  ウーマン・リブが「女たち」という言葉を獲得し、フェミニズムが「性暴力」「セクシュアル・ハラスメント」を告発する側の言葉として獲得した社会で、私は自分が受けた不当な暴力に対して、「サバイバー」と名乗ることで自らの誇りを取り戻し、生きる術を獲得しました。  その名乗りは、今でも私の誇りです。  「サバイバー」が「サバイバー」だと名乗る時、様々な痛みが、誤解が、暴力が、とり乱しが、その場では起こってきました。今回、私は私の感じてきたことを語ることによって、「サバイバー」という名乗りとは何か、を冷静に、丁寧に見つめ直したいと思っています。  「個人的なことは政治的なことである」というフェミニズムが獲得してきた大切な言葉を信じて、あなたと「共に」生きのびるとは何かをいっしょに考えたいと思います。  素敵な出会いに胸ふくらませて。(屋嘉比 優子)

 これまで「サバイバーについて」の分析は数多くなされてきました。しかし今回は「サバイバーに対する周りの人の態度」について、自身が「サバイバー」だと名乗った時に周りの人にされた対応についての検討から始めて、屋嘉比さんの経験からお話ししていただきます。周りの人が、サバイバーの声を無視したり、逆に過剰に反応してしまうことについても、一緒に考える貴重な場になると思います。  また、サバイバーがおかしてしまいやすい間違いについても、屋嘉比さん自身のおかした経験をふまえて言及していただけます。  屋嘉比さんの経験をシェアし、屋嘉比さんと一緒に、しかし対等な立場で、性的な暴力について、自分のこととして共に考えることができればと思います。 (日比野 真)


●第八夜 2003/08/02(土)

ワークショップ 「男女という制度」ってなに?

 「性」って、1人1人にとって身近なことであるだけに、「自分に関心のあること」だけを中心にして考えてしまいちです。
 今回は、「男女という制度」について、一つの視点からだけではなく総合的な感覚を得るために、ゲーム/ワークショップ形式で一緒に考えてみます。何でも聞ける、なんでも話せる場にしたいと思います。どなたでも、まじめに、でも楽しく、一緒に考えてみましょう。
 自分自身がそれぞれ変わっていくきっかけとなるような日にしたいです。
(ひっぴぃ ♪♪)

**「男女という制度」という言葉は斉藤美奈子さん編集の「男女という制度」(岩波書店/2001年)からとっています。女性差別(sexism)・男/女らしさの強制(genderism)・同性関係嫌悪(homophobia)・人を男女の二つに分ける事自体の問題点(性別二元論)、の全てを同時に問題化するために、「ジェンダー」という言葉に換えて最近使用している言葉です。


●第九夜 2003/10/11(土)

「写真と性表現」 小林 美香 さん

 5、6歳の頃、母親に「男の人と、女の人以外に、ほかにどんな人がいる?」と尋ねたことがある。「誰でも、男か女のどちらかだよ。」というのがその答えだった。私はその答えをうまく飲み込めていなかった。本当に訊きたかったのは、「なんで、たくさんの人をたった二種類に分けることができるの?」ということだったのだと思う。この質問に、まだ答えは出ていない。

 私は去年(2002年)、アメリカの写真家ローリー・トビー・エディソンさんによる日本の女性を撮影するプロジェクト<Women of Japan>に参加し、ポートレート写真を撮影してもらいました。撮影からしばらく経った後、彼女から被写体となった女性たちに対して「女であること」、「日本人であること」に関するコメントを送ってほしいとの要請がありました。上の言葉は、私が「女性であること」について書いたコメントです。

 コメントを書いて改めて思ったことは、私にとって「性別」という考え方はいまだに「よくわからないもの」であるということです。したがって「写真と性表現」に関する今回のレクチャーでは、私の抱く「よくわからなさ」が基本的なスタンスとなります。また、レクチャーの中では、「性的に露骨」と見なされうるような画像も何点か提示いたします。レクチャーの構成・主旨をご理解の上、ご参加下さい。  写真による「性」の表現は、ポルノグラフィやヌード写真に限らず、広告写真やファション写真の中にも広く行き渡っています。ステレオ写真やポストカード、ピンナップ写真、性科学者のアルフレッド・キンゼイが蒐集した写真のアーカイヴ、現代の写真家/芸術家の活動などを手がかりに、写真による様々な性表現と、その根拠にある性意識、あるいは表現に付随するさまざまな営為との関係について考えてみましょう。

(小林 美香 http://www.think-photo.net/


●第十夜 2003/12/06(土)

フリーマーケット&焼き肉パーティー

 今回のへなへないとは、いつもと趣向が変わって、忘年会もかねて、「フリーマーケット&焼き肉パーティー」をします。一緒に、飲んで、食べて、楽しみましょう。
 11月に行われたプロジェクトPの総会では、会のあり方についての話し合いが行われ、会の約束事を決めたり、運営スタッフを決めたりすることができました。また、会の名称も「プロジェクトQ」と変更することになりました。
 会の新しい運営体制も確立したことだし、ここは忘年会もかねて、参加者が気軽に楽しみ、交流できる時間をつくろうということになりました。
 また、「へなへないと」に参加される方からのリクエストもあったので、フリーマーケットも行います。皆さん、お手持ちの古着や小物、電化製品など、使わないものを持ち寄ってフリマしましょう!!
 さらに、11月18日から、大阪人権博物館において「性的少数者の現在」という企画展も行われています。この企画展についても、いろいろと意見交換できればうれしいです。


●第十一夜 2004/2/21(土)

「アイヌの1人として思うこと」

  私はアイヌの末裔のoripakEsamanというものです。
  私はアイヌと和人の間に生まれました。境目にいると、いろんなものが見えてきます。
  アイヌをとりまく状況は、一時に比べかなりよいものになりましたが、未だに現実のアイヌとアイヌに熱心に興味のある和人と、現実のアイヌとの間には大きな溝があります。
  自分が侵略した訳でもないのに、変に使命感を持っている人、自分のコトは棚に上げて、アイヌである事に無意味に誇りを持てと迫る人、中には、アイヌ語や文化、あるいは昔のアイヌには興味があるが、現実のアイヌとは関わりを持ちたくないと公言する人もいます。
  アイヌと和人の溝は、当のアイヌとの接触がないにも関わらず、型にはまった情報が先行する事によって益々助長されているのかも知れません。
  そこで私は、現実のアイヌの事を語るHP「Ainu puyarA」という場所を作り、管理人をしています。
  「Ainu puyarA」は、Web上によくある言葉や文化の紹介のみのページでははなく、アイヌと和人の存在にいつて、文化と民族の意味について、より深く対話出来るページにしたいと思っております。
  アイヌと何かしらの縁のあったあなたの心に触れられる事を、心よりお待ちしています。

  oripakEsaman  (「Ainu puyarA」 http://www.alles.or.jp/〜tariq/ )

■主催者より

 Esaman さんは、これまで数回「へなへないと」にご参加いただいています。
 「へなへないと」は、主に性についての話をするという設定でつくられた場所なのですが、Esaman さんはそこに参加した上で、ご自身について、ご自身の活動について、そしてアイヌについて、いつもたくさんのお話しをしてくださいます。
 「へなへないと」には毎回テーマがあるので、普段はどうしてもオマケのような形でしかEsaman さんのお話を聞けないのですが、どうせなら一度、ちゃんとじっくり、Esaman さんのことを中心に据えて、お話しをお聞きする時間をつくりたいと思いました。普段Esaman さんがどんなことを考えているのかを、じっくりとお聞きできればと思っています。
 またさらに、主に性についての話をする「へなへないと」になぜEsaman さんが関心を持ったのか、Esaman さんにとって「性についての話をする」とはどういうことなのか、民族について考え取り組むことと「男女という制度」や性について考え取り組むこととの関係についてEsaman さんはどう思っておられるのか、などもお聞きしたいと私は思っています。
(以前わたしが「バイセクシュアル」について考えた時に、「ダブル」(いわゆる混血)についての言説との類似性を強く感じたのですが、そういった観点からも、民族について考えることと、性について考えることとの関係についても、意見交換したいと思っています)
 また、国連人権委員会の「先住民作業部会」というものも、わたしはその名前くらいしか聞いたことがありません。そこでは一体何が問題になっているのか、何が行われているのか、そしてそこでEsaman さんは何をし、何を思っているのか、そもそもなぜEsaman さんはそこに参加しようと思ったのか、直接参加されたEsaman さんにじかにお聞きしてみたいと思いました。
 「アイヌ民族の代表としてのEsamanさんに正しい知識を教えてもらう」という場ではなく、1人の個人として活動するEsamanさんに、ご自身の経験や思いをダイレクトにお話しいただこうと思っています。「へなへないと」でアイヌのことを扱うのは初めてのことでもあり、一回企画を持っただけでアイヌについて「分かったような気になる」ことは、初めから目指していません。ひびのとしては、Esamanさんとわたしとの距離や、違い、そして利害関係の不一致を明確化できれば成功だと思っています。
 わたしは、これまで、「毎日の生活の中にある『見えにくい戦争』としての『男女という制度』」を問題化することに力を注いできました。今回は、「男女という制度」と同様に、「毎日の生活の中にある『見えにくい戦争』」の1つである「民族」について考える場になれば嬉しいです。 (ひびの まこと)


●第十二夜 2004/5/29(土)

私にとって「性的な暴力」と向きあうとはどういうことか

 性的な暴力の被害の告発は、無視されたり、逆に過剰に尊重されたりする。目の前にある具体的な事実に丁寧に向きあうのではなく、告発をしている人や告発されている人のことが、自分にとって大切かどうか、といった周りの人の利害関係で事態が進むことのなんと多いこと。
 ほとんどの男子は自身の持つ特権に鈍感だし、男性中心社会の仕組みを変えることに関心すら示しません。ほとんどの女子は、自身が直接に受けた具体的な被害以外では、被害者ではなく共犯者(もしくは「善意の傍観者」)として振る舞っていますが、そのことを自覚している人は多くありません。
 さらに、自身が受けてきた様々な被害の憂さ晴らしのために被害者の告発を利用したり、誰かを悪者にして攻撃することで「自分は性暴力と闘っている」というフリをする。そんな自称「反性暴力運動」によってこそ、具体的な問題がいっそうこじれて解決ができなくなることさえあったりします。
 いつまでも同じ事を続ける訳にはいきません。女子も男子も、それ以外の人も、「私たち自身」が文化と生き方を変えない限り、性的な暴力と向きあうことは無理だと私は思います。
(ひびの まこと http://barairo.net/

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